本法科大学院で法曹を目指す皆様へ

Posted on  2012年4月12日 13:02

昨年末のこと、本法科大学院出身法曹の方々との意見交換会の後、皆で近くの居酒屋へ行きました。「とりあえず『ビール』という人は?」という注文伺いの声が響く中、実務家教員の先生が出身法曹の1人に向けて「○○先生は・・・」と話しかけました。わたくしは、まず、そのことに衝撃を受けました。そう、ひとたび法曹となれば、公判廷で対峙しあう実務家(弁護士)どうし、「対等」なのです。そのうち、出身法曹の間で自身や他の出身法曹が受けた法律相談のことに話が及び、「それなら○○先生が受けたらどうか」、「××だったら私に回してください」などと、まだ実務経験のない修習生も会話に加わって、話が弾んでいきます。ちょっと前まで教室に座って授業を聞いていた学生たちが、もはや「(新)司法試験合格者の1人」ではなく「実務家の1人」になっていることを目の当たりにし、さらに衝撃を受けました。そして、それ以上に、出身法曹の方々は、たとえ期がずれていて棟内で一緒に勉強したことがない者どうしであっても、「駒澤法曹」として繋がっているのだと実感しました。

2004年に本法科大学院はスタートしました。第1期既修入学者・未修入学者の方々は、同級生として、先輩・後輩として、ともに勉強しておりました。やがて法曹となった方々は、自分たちの経験を踏まえて、同級生や後輩たちに親身に指導・助言をしていきました。第1回合格者の1人から次の年の8名を加え・・・法曹となった方々の「ともに法曹界の一員として仕事をしよう」という気持ちは今なお続き、「駒澤法曹」として繋がっているのです。それは本法科大学院が養成しようとしている「駒澤法曹」としての「人に寄り添い、社会と繋がる」精神のひとつの表れなのだと思うと、皆様を誇らしく感じました。

駒澤法曹」の1人として精力的に在校生・修了生支援をしていただいている方から在校生宛にメッセージをいただきました。受験経験を通して法曹となった方の目線は、在校生だけでなく、修了生の皆様、法曹を目指して本法科大学院に進学しようとする皆様にとって、とても有益なメッセージだと思います。(N.T)

-----------------------------------------------------------------

みなさん、こんにちは。

 新年度を迎えるにあたって、皆さんを叱咤激励するべく、この文章を書かせていただきました。

 お伝えしたいのは、端的にいうと「がんばって勉強しましょう」という話であり、8年前、本校に入学したばかりの私に言って聞かせたい話でもあります。

 

 先日、ガイダンスの際に、皆さんにお会いする機会がありましたが、検察官志望の方がおられました。

 検察官。非常にやりがいのある魅力的な仕事だと思います。

 被害者に寄り添い、被疑者・被告人の更生のために活動することのできる素晴らしい仕事です。

 他方で、被疑者を起訴するか否かを決する責任を負った難しい仕事でもあります。

 起訴された被疑者は、かなりの可能性で有罪となりますので、その判断が被疑者の人生に及ぼす影響は極めて大きなものとなります。また、死刑相当の事件を起訴すれば、当然のことながら、その被疑者が死刑に処せられる可能性も出てきます。

 したがって、その判断は、正しいものでなければなりません。

 正しい判断をするため、今あなたがすべきであり、かつ、できることは、まずは、勉強をして法律を扱う力を磨くことなのではないでしょうか。

 あなたが今書いている刑法や刑事訴訟法の答案は、将来あなたが起案する起訴状や論告(裁判官なら判決、弁護士なら弁論など)につながっているのです。

 そのように考えれば、おのずと問題に対峙するときの姿勢は変わるはずです(「甲」や「乙」は机上の存在ですが、机上の存在だと思って、不確かな法律構成や適当な事実認定によって、有罪としていては、法律家の姿勢としては失格だと言わざるを得ません)。

 

 同じようことは、民事事件についても言えます。

 法律家が扱うのは、自分ではない誰かの大切な権利です。

 自分のせいで自分の権利が無くなってしまうのは、ある意味やむを得ませんし、納得もいくでしょう。

 しかし、あなたが扱うことになるのは、第三者の権利なのです。

 あなたは、その第三者の権利を守る存在となるために、駒ローにいるわけです。

 あなたは、将来出会うあなたが救うべき第三者のために、今できること、今やるべき準備をしっかりしていますか?

 今、すべきことが何であるのか?法科大学院生である今、何ができるのか。

 これくらいでいいやなんていうことはないのです。ベストを尽くして下さい。

 

 そして、勉強をするのは第三者のためだけではありません。

 他ならぬあなた自身のためでもあるはずです。

 あなたがなりたいと思っている自分は、「司法試験に合格はしたが使えない法律家」ではないはずです。「人のため社会のために貢献できる有能なかっこいい法律家」のはずです。

 

 ローにいる2年間ないしは3年間は楽しい時間なんてなくて構いません。

 なぜなら、ここで頑張れば、その後の人生において、それを補って余りあるやりがいと充実感を得ることができるからです。

 実際、私のような者でも、第三者の権利を守ってあげられたのではないかと感じる瞬間がありますし、「先生が担当でよかった」「これで死ななくてすみます」と言ってもらえたこともあります。

 

 季節は春。スタートには絶好の時期です。

 私もそうですし、他のOBも、法曹になるために努力するみなさんをできる限り応援したいと考えています。

 みなさんが奮闘され、将来一緒に仕事ができるようになることを心より待ち望んでおります。

教養は若者にとっては気品である

Posted on  2012年3月27日 09:29

若い時に受ける知的刺激は強烈である。教科書に載っていたディオゲネスを描いた絵は、私に強烈な印象を残し続けている。それは、白昼にランプを持ち「人間を探している」と言って、街中を歩き回っている絵である。大哲学者ディオゲネスは、犬のような生活をしていて、市井の人にその生活ぶりを非難された時、そう応じたのである。

 

ディオゲネスは、デルフォイのアポロン神殿の入口に刻印されている格言「汝自信を知れ!」と言ったとされ、「無知の知」を説いたソクラテスの孫弟子である。彼は、徳を重んじ自足と不動心を旨として人生を送った。

 

そのディオゲネスの言葉に「教養は、若者にとっては気品であり、老人にとっては慰めである。貧者にとっては財産であり、富者にとっては装飾である。」というものがある。人生の各ステージにおける教養の意味、社会における教養の位置づけを、うまく表現していると思う。

 

とりわけ、「教養は若者にとっては気品である」というところに関心を持つ。教養を教育と訳す人、気品を節制と訳出するものもあり、訳語によって多少印象は異なる。しかし、自分の精神を耕作し(culture)、自分を構築すること(Bildung)は、自己を形成し発展させること、そして個人から香り立つ徳と美の源泉になる。単なる知性ではなく、理性の働きがそこにある。この言葉を、無為自然を説いた犬儒派、シニシズム、キニク学派に数えられるディオゲネスが言ったのである。

 

確かに、現代の高度分業社会において、専門に通ずることは重要である。しかし、専門を本当に活かすには、専門的な知識や技術を実生活で善用し実践するための教養が必要不可欠である。教養を身につける努力を続ける若者達が放つ気品に満ちた将来を願い、そして、専門が人間性に溢れる教養と美しいコラボレーションをなすことを個人的にも追い求めていきたい。(K.H.)

東日本大震災の発生から一年に思う

Posted on  2012年3月11日 09:17

東日本大震災という未曽有の歴史的自然災害が起こってから今日で一年となります。お亡くなりになられた方、行方不明のままの方が、19千人に上り、避難をされている方が345千人近くいらっしゃいます。

 

まず、お亡くなりになられた方に、法科大学院教職員一同、心から追悼の意を表させて頂きたいと思います。自然の脅威を目の当たりし、予想をはるかに超える地震や津波の猛威に曝されてのご不幸です。想像するに悔しく心が痛む出来事です。安らかにと祈らずにいられません。

 

次に、現在避難生活を強いられている方々に、激励の気持ちをお伝えしたいと思います。安心してお暮しであった日常生活を破壊され、やむを得ず激変させられご不自由な生活を強いられている避難生活は、さぞお苦しいお寂しいと思います。お元気にと祈ると同時に、私たちは、皆さまと心で繋がっていると感じます。再生・復活・復興という希望を共にし、遠くからではありますが、皆さまを熱く息長く応援させていただきます。

 

思えば、人間社会は自然に支えられています。科学技術が進歩し高度情報化社会になったとはいえ、人間の力は自然を支配するものではありません。自然と共に存在していることに配意しなければなりません。その上で、科学技術が人間社会にいかに役立つか、しかも、自然との共存を前提にして、考える必要があります。高度情報化社会の形成や発展も、人間社会と自然との適切な共存を深く考察するものでなければならないでしょう。

 

自然災害に強い人間社会を作るという考え方は、強引な人間中心主義から自然との共生中心主義へと謙虚に移行することによって、今後の自然災害に適切に対応できるのではないでしょうか。原子力発電所の問題も同様だと思います。

 

私たちは、被災をされた皆様と繋がっています。個人的には当然として、政治的ないし行政的に、経済的ないし社会的に、文化的ないし国家的に、それだけにとどまらず人間として世界中の人々と一緒に繋がっています。過剰な自己防衛的風評に負けることなく、日々の生活に明るさと充実を見出して、共に元気を奮い起こしましょう。(K.H.)

 

 

最新| 1  |  2  |  3 最初   次ページ>>