水を汲み、たきぎを運ぶ ―年頭のご挨拶に代えて―

Posted on  2012年1月 1日 00:26

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  年頭のご挨拶に代えて、昨年の東日本大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧復興をお祈りいたします。


  いま、日本全国が、震災からの立ち直りに向けて動いています。その中で、自らも被災しながら、なお他の人々を助けるために懸命に働く人たちの姿が報じられていました。そして、その人たちの多くが、そうして働くことで自らが救われたと語っていました。
  私には、それが震災によってはじめて生まれた心情ではなく、以前から日本人の心情の奥底に伏流していた、人との繋がりを大切にする思いが震災を契機に沸き上がってきたもののように思えてなりません。


  駒澤大学は、本年、開校130周年を、来年には駒沢移転100年という節目の年を迎えます。
  この節目にあたり、建学の理念である「仏教の教えと禅のこころ」に則り、人の喜びを自分の喜びとし、人のためを考えることで自らを成長させようという、慈しみの心と実践の大切さを教え広めてゆくことが、本学の重要な使命であると改めて認識しているところです。

  これからの社会や地域に対する息の長い活動がどうあるべきかを考える時、「神通並妙用、運水也搬柴(神通ならびに妙用、水を運びまた柴(まき)を搬(はこ)ぶ」という禅語が想起されます。
  ここにいう「神通」とは、神通力のこと。超越的な力というのは、目を見張るような特別なものではなく、実は「水を汲み、たきぎを運ぶ」という日々の営みそのものにある、という教えです。
  とかく、人は特別な何かを珍重しがちです。しかし、いかに見栄えが良くとも、それが現状から遊離していては役に立ちません。この禅語は、常に自分の立ち位置を見つめつつ、地についた実践を続けていくことの大事さを示したものなのです。


  社会的な変革の中で一つの区切りを迎える今年、駒澤大学としての「水を汲み、たきぎを運ぶ」活動とは何かを考え実践してゆきたいと思います。